ss1535 人間支配の時代
「健全な精神を維持するには、適度なストレスが必要だ」
「ええ、健全な肉体を維持するにも、適度な負荷や毒が必要だわ」
「うむ、なんのストレス、なんの毒も与えられなければ、なんの進化も無く、むしろ退化して行ってしまうのが人間…、生物だ」
「文明文化が進んで、人間は快適に生きられるようになってしまったわ」
「うむ、あらゆる病気も、ゲノムの個人レベルの細かい解明で、遺伝子を修復するという方法で克服してしまい、精神医療も脳波の完璧な解読により劇的に進み、全くのストレスのない精神活動が可能になってしまった」
「そしてそして…」
「うむ、個人の個性レベルで、どういう時期にどういう精神的ストレスを与えれば、どれだけ心が強くなり、発明家にも詩人にも、なんにでもする事ができるような道筋まで判るようになってしまった」
「ええ、肉体のほうも、この年齢の時に、どの病気にすれば免疫力が効率よく強くなるとか、どういう負荷や怪我をさせれば、より丈夫な骨や肉体になるという道筋まで判るようになってしまったわ」
「社会全体で、地球全体で、どのような能力、個性の人間を、どれだけ生産すれば良いかまで計算できるようになってしまった」
「ええ、芸術家をどこにどれだけ育てれば社会は豊かになるかとか、老若男女の比率とか、どの程度の健康状態が良いかとか、管理者への不満はどの程度が良いのかさえ、全て管理できるようになってしまったわ」
「やれやれ」
「やれやれね」
「遺伝子支配の時代から、たんぱく質である我々人間支配の時代になって…」
「面白くなくなったわね」
「偶然とか、乱雑なエントロピーの増加とかの言葉が懐かしいよ」