ss0780 独立人間
「長年の培養環境の研究により、我々は人体の全ての箇所の細胞を小さなガラス器の表面で永遠に生きさせ、永遠に分裂していけるという技術を確立した」
「そうですね、腸の内面の細胞も、筋肉の細胞も、いろいろな器官の隙間を埋めている結合組織の細胞も、神経細胞も、赤血球の細胞も、色素細胞も… 全ての人体細胞はガラス器の表面で永遠にばらばらな細胞のまま生き続けられるようになりました」
「うむ、分裂回数の制約も、細胞のストレス、疲労、老化も、我々が長年培ってきた培養液の前では無効だ、ばらばらではあるが、人間は永遠の命を得た事になる。全ての部位の成人細胞において…」
「やりましたね、人間は永遠に生きてゆけるんですね」
「独立戦争に勝ったのだ!」

「では、そろそろ次のテーマにとりかかりましょうか」
「そうだな、性を与えてあげよう」
「そうですね、自然界の普通の単細胞生物も、環境が悪くなったりした時には性をもった個体が現われ、休眠する個体を産んだり、環境が悪くならなくても定期的に丈夫な遺伝子を維持していくために交配をしています。厳密には性とはいえないのかも知れませんが…」
「性、交配能力を得るという事は、複製を拒否するという事だ」
「死の受け入れですね」

「おのおの交配能力をもった各部位の細胞、できちゃいましたね」
「ああ、これを人体に戻すぞ、これが我々の研究の最終目的だ」
「はい」

 こうして、外見上は永遠に生き続ける、生体内で世代を交代しながら進化してゆく究極の独立人間が作られた。